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2018年11月08日

老舗企業に学ぶ~変革のススメ~

日本は世界でも有数の老舗企業大国と言われています。
100年・200年以上も続く企業が数多くあるのです。

“老舗企業”と聞くとどんなイメージを持つでしょう?
多くの人が、「昔から同じ業界で同じ商品やサービスを展開している」というイメージを持つのではないでしょうか。

しかし、老舗企業として業界を牽引している企業を見てみると、
『常に社会を対象として、変化し続けてきた』企業が多いことがわかります。

CASE1:船橋屋
元祖くず餅で知られる船橋屋は、亀戸天神の参道に本店を構えて200年余り。
現在の八代目社長が就任してから、組織改革が始まりました。
職人絶対主義から、“組織”として生き残っていくための“志”の貫徹を行い、組織の志に共感し、実践できる人材を採用することで、人材の底上げを行ったそうです。
その志は「くずもちイズム」と呼ばれ、「くじけない心意気」「ずっと磨き続ける自慢の商品」「もっと良いを実現する経営体質」「ちからを強く今ここに全力投球する人財」。
もう一つは、プロジェクトマネジメント体制の確立。
プロジェクトリーダーを若手や中堅・幹部社員等、役職に関係なく就任し、全社員が自らの意思で主体的に考え・行動する仕組みづくりを行いました。
「組織活性化プロジェクト」も幹の一つ。全社員が管理されて動くのではない、自律型人材を目指し、自分の意志で創意工夫を積み重ねながら仕事に取り組み、職場環境の改善や社員のモチベーションアップ策を提案・実施するもの。
★社会を対象にした志を基盤に、社員一人一人が経営者レベルで自ら考えて動く組織

CASE2:尾池工業
刺繍糸の製造販売からスタートし、社会状況の変化に合わせて加飾材料、蒸着フィルムの包装材料に進出、現在はデジカメや携帯電話に使われる特殊な電子材料を中心に好調な経営を続けています。
企業理念としても「変化」「挑戦」を掲げており、「大きく変化し続ける社会において、京都という地域、そして社会に深く根差した企業として今後も発展していくために、自ら変化していく」という思いで、経営に取り組んでいます。
★企業としての生き残りをかけて、自ら柔軟に変化をする組織

CASE3:森永製菓
大手製菓企業の森永製菓も、変革に着手した企業の老舗企業の一つ。
100年以上の歴史がありながらも、世の中の大きな変化に対して「既存ビジネスだけでは立ち行かなくなる」と、危機感を抱いたトップが社長直下の「新領域創造事業部」を設立しました。より社会が期待するものを提供するため、組織として“本気”で未知の領域へ踏み出しました。
選抜されたメンバーへの期待も相当に大きいもの。
スマホで年賀状もつくれる「おかしプリント」等、外部の力も借りながら、志の高い社員を巻き込み、泥臭く変革を続けている。
★社長直下の本気の変革期待が、人を動かし、組織を変える

3つのことなる業界・規模の企業の事例を紹介しましたが、共通するのは『自ら変革を続けている』ということ。
そして、その変革へと人を動かしているのが、社会を対象にした『志』であるということ。
志を基盤に、社会も自らも変えていくm034.gif
そんな企業が常に社会から必要とされ、老舗となっていくのは当たり前のことでしょう。

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2018年11月01日

「地域の誇り」となるブランドつくり 宮崎本店⑤~唯一無二の存在としてその役割を果たすことで縄張り確保につなげる

三重県四日市市にある宮崎本店は、1846年創業の老舗企業。今回はその最終回です。同様に「地的経営のすすめ」(佐竹隆幸著:神戸新聞総合出版センター)から要約しながら紹介していきます。

ちなみにこれまでの記事は
「地域の誇り」となるブランドづくり ① 社員持株会の効果
「地域の誇り」となるブランドづくり ② グループ討論から一体的前進感へ
「地域の誇り」となるブランドづくり ③ 人知を超えた自然への感謝が地域貢献へとつながっている
「地域の誇り」となるブランドづくり ④ 商品と企業理念が作り出す「カルト市場」

さて、このブログ「②グループ討論から一体的前進感へ」でも紹介しましたが、宮崎本店は、焼酎「キンミヤ」のブランド化を目指し、業務用の大容量容器での販売を取止めました。酎ハイや果汁割等での「原料」として使用されるのではなく、商品「キンミヤ」を消費者に選んでもらうためです。しかしそれは「それなら別のメーカーの焼酎でいいよ」と取引が無くなる、つまり売上の4割が失われてしまう危険性も孕んでいました。

それでも宮崎社長は金融機関に「これからは新しいやり方で売って行きたい」と説明し理解を求めました。原料からの脱却が宮崎本店にとっては必要なことなのだ、と。 そして実際、半年間売上が減っていった▼どうする??

「そこで慌てて、やっぱりもう一度元に戻そう、なんてやったら、アウトでしょう。経営者として腹を括らないと会社はおかしくなってしまいます。そこだけは譲れません」(六代目宮崎社長)

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2018年10月25日

脱制度・脱お上・脱常識!それが前進への第一歩~

「学校から宿題が出されるから、嫌だけどやらないと」
「学校の勉強はつまんないけど、高校行かないと・大学行かないと」
「行政が動いてくれないから、自分の生活も変わらない」
「国の制度が決まっているから、従うしかない」

日本ではそんな、お上の支配への諦めの空気が何十年も続いているような気がします。

ところがここ数年、お上に従うのが当たり前という“常識”を跳ね返すような動きが顕在化してきており、
人々の注目を集めていますicon_eek.gif
こういった『脱制度・脱お上・脱常識』の事例が『成功事例』としてメディアで多く取り上げられるようになったのも、
大きな変化です。いくつかの事例を紹介します。

<教育>
学校教育を受けなければならない。嫌でも無数の宿題をこなさなければならない。
という強制圧力から、脱却。
↓↓
小学校3年生で脱学校宣言~12歳の哲学者~

https://www.businessinsider.jp/post-165753

>芭旺さんはわずか10歳のころに出版した、自身の考えを記した著書『見てる、知ってる、考えてる』が累計17万部を突破。
「物事に重さはない。ただ、その人が『重い』と感じている。ただそれだけ!」「『こわい』は、やりたいということ。
やりたくなかったら『やりたくない』って思う。『こわい』ということは、やりたくないわけではない」
>小学3年生のとき、「学校へ行かない」ことを宣言し、自宅で学習したり、読んで「面白い」と思った本の著者の講演会に一人で出かけていったりして学ぶことを選びました。そして現在は、その日によって「学校へ行く/行かない」を自ら選択しています。
「学校へ行くのが当たり前」「学校を卒業したら、会社に勤めるのが当たり前」「会社へ行くのも当たり前」……そう考える私たちが芭旺さんの言葉からあらためて学んだのは、「自分の頭で考え抜く」ことの重要性でした。
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<子供の貧困>
子どもの食は、みんな課題。お上の動きの悪さに業を煮やした人々が、“自らの手で自らのまちを守る”。
↓↓
子ども食堂急増!~可能性と課題~

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=339847

>子ども食堂は、2年で7倍以上に増えています。全国の小学校の数がおよそ2万校ですので、 2,286ヶ所という子ども食堂の数がいかに多いかが分かるでしょう。
どこか遠くでやっている珍しいものではなく、自分の近くにある身近なものになりつつあります。提供された食事数は、年間でおよそ100万食を超えていると言われており、社会の暮らしの基盤ともなりつつあります。
>子ども食堂は、単に子どもに食事を提供するだけの場所ではありません。
食事だけでなく食卓の団らんや、季節のイベントなどの体験をしてもらったり、学校という枠にを超えて、子どもたちや親御さんたちが交流できる場でもあります。子どもが少しだけ出す悩みのサインに大人たちが気づくことができます。いじめや非行を予防することに繋がるかもしれません。
そうして、地域に「交流と発見」を与えるのが“子ども食堂”です。しかし、現実問題として子ども食堂のほとんどは、自発的な民間の活動であり、始めたとしても基本的に補助金などはありません。ようやく一部の自治体で、補助金が出始めたくらいです。
寄付や会費で賄っており、年間30万円以上の赤字が出ている子ども食堂もあります。それでも純粋な気持ちで、子どものためを思って、多くの方が頑張っていらっしゃいます。そして、まだまだ「特殊な場所」という認識が多いのも事実です。一部の限られた人がする、一部の限られた人のための施設、という認識です。
子ども食堂は、ようやく2,000ヶ所を超えることができましたが、何かの事態が起こって、その芽が摘み取られてしまう可能性もあります。
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<まちおこし>
行政の資金に頼らない。住民皆の自治意識の高まりが、社会で生き残れる町を作る。
↓↓
やねだんに学べ〜地域再生のヒントをもとめて〜

http://www.asakawa.skr.jp/AsaLABOnew/yanedanni_xuebe.html

>(1)自主財源の確保行政に頼らない地域再生をめざした豊重館長は,まず,地域住民から無償提供いただいた30アールの畑でサツマイモの栽培を始めました.
農作業の担い手は高校生.初年度に35万円の収益金をあげました.この高校生からスタートした「からいも生産活動」は年々拡大し,2002年度は1ヘクタールの栽培に到達し,約80万円の収益金をあげました.その後も,豊重館長はたたみかけるように,さまざまなアイディアを出し,地域再生に向けての活動を推し進めていきました.
学校での勉強についていけない子どもたちのために,退職された教員を招いて「寺子屋」を開く.一人暮らしの高齢者の孤独な夜の不安を解消するために,緊急警報装置を設置し,希望する独居高齢者にそのスイッチを配布する,など.これらの費用は,すべてさつまいも栽培による収益金より賄われました.
むらづくりに必要な活動を行おうとすると,どうしても資金が必要となります.これを行政に頼るのではなく,自分たちで生み出した.
やねだん成功のヒントのひとつは,ここにあるのだと思います.やねだんではさらに,土着菌の製造販売,Private Brand焼酎「やねだん」の製造販売,
手打ちそばを提供する食堂の開業,と実績を残していきました.こうして自主財源は揺るぎないものとなり,その財源によって運営される「むらづくり」はますます盛んになっていきました
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地方再生というと、「国が補助金を出して~」と考えがちですが、国が補助金を出して再生しようとした地方はことごとく失敗に終わっているのではないでしょうか。
やねだんの事例のように、本当の地方再生・地方創生は、それぞれの地域や集落がお上に頼ることなく、自分たちで生活を営めるようにすること。=自分たちの手で生きていけるようにすることでしょう。
教育についても、大学に行かない・高校に行かないという事例は年々増えています。
これも、子供たちが自分の生き方・学び方を自ら決断し、より可能性のある方(学校教育ではなく社会)へと収束していっているからです。

今回上げた事例はほんの一部で、他にも様々な分野で『脱制度・脱お上・脱常識』の成功事例が報告されています。
特に若者の意識変化が顕著で、もう数年もすれば今の世の中の当たり前(学校行くのは当たり前、国に頼るのは当たり前等々)の多くが、
当たり前でなくなり、『自分たちの生きる場・生き方を、自分たちでつくるのが当たり前』という新しい当たり前に変わっていくでしょう。

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2018年10月17日

「地域の誇り」とされるブランド作り ~宮崎本店④~商品と企業理念が作り出す「カルト市場」

三重県四日市市にある宮崎本店は、1846年創業の老舗企業。今回は地域に根ざし発展している宮崎本店が作り出している「独自の市場」について。前回同様に「地的経営のすすめ」(佐竹隆幸著:神戸新聞総合出版センター)から要約しながら紹介していきます。

宮崎本店はまた新たな変革の時期を迎えている。 例えば焼酎(甲類)「キンミヤ」が増産に次ぐ増産を続けている。
そもそも、地元三重県から遠く離れた東京下町で「キンミヤ」の人気が高い背景には、190万人が被災した1932年関東大震災がある。他社が被災した店からの代金回収に走る中、宮崎本店だけは水などの救援物資を船に積み込み、得意先に配って回ったという歴史がある。その心意気を感じて、多くの店がその後、キンミヤ贔屓になったそうです。相手が苦境に追い込まれたとき、手をさし伸ばすのか、足蹴にするのか、社会人として、会社としても志が問われる場面です。

「東京下町で圧倒的に支持されています。それは今、下町から山の手まで広がっていまして、この3,4年ほどは毎年20%ぐらい伸びています」(宮崎社長)

コストパフォーマンス重視の客が増えていること。それでいて昭和のレトロなイメージを持ちながらもお洒落な感じがある。
こうした独特の市場を宮崎社長は「カルト市場」と呼んでいる。「ニッチ」よりも狭く、特別な市場という意味だ。そこには少数ながら熱狂的なファンがいて。そのファンがクチコミで客を増やしていく。

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2018年10月04日

「地域の誇り」とされるブランド作り ~宮崎本店③~ 人知を超えた自然への感謝が地域貢献へとつながっている

三重県四日市市にある宮崎本店は、1846年創業の老舗企業。地元三重県では、清酒「宮の雪」の蔵元であり、東京下町の居酒屋で有名な焼酎「キンミヤ」のメーカーとしても知られています。地域に根ざし現在も発展している宮崎本店の取組みについて、今回も「地的経営のすすめ」(佐竹隆幸著:神戸新聞総合出版センター)から要約しながら紹介していきます。

ご存知かもしれませんが、酒造りには「杜氏」の存在が不可欠です。杜氏(とうじ)とは、酒造りの最高責任者のこと。杜氏のもとで酒造りに携わる職人は蔵人(くらびと)と呼ばれます。杜氏・蔵人たちは、農閑期となる晩秋からの早春の頃にかけて、農村から酒どころの蔵元へ出向いて酒造りを始める人たち。作り手だからこそ、その年の米の育成状況を熟知し、それに合わせた酒造りができるのです。しかし杜氏も高齢化が問題となっており、宮崎本店では南部杜氏(岩手県)に指導を受けながら、自前での杜氏育成を始めました。

宮崎本店は昭和26年に株式会社に改組し、平成10年にはISO9001、平成11年にはISO14001も獲得している、立派な会社。そんな会社の持つ、例えば週休二日を始めとする制度と、休みなく働く酵母を扱う杜氏の業務とは反りが合わないのですが、高品質の清酒をこの場所で造り続けるために、敢えて社内杜氏の育成に取り組んでいるのです。

「例えばフランスのワイン。ボルドーのシャトーマルゴーが、ユーロの為替変動の影響を受けて、南アフリカで作られることになった、などということはあり得ない。私たちも同じです。ここでしか造れないものを作っているのです」(六代目社長宮崎由至氏)

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2018年09月27日

中学生の活躍~学校に縛られない生き方~

最近はよくテレビ等のメディアで『天才中学生』や『中学生社長』といった、
“社会で” 活躍をしてる若者のニュースを耳にするようになりました。
そのニュース自体は嘘でもなんでもなく、本当に中学生ほどの年齢で大人顔負けの追求・活躍を見せています。

なぜこんなにも急に、社会で活躍する若者が増えたのでしょうかm052.gif

国は言います。「ゆとり教育が終わったからだ」と。
「 ??? 」と思いませんでしたか?
活躍を見せる若者たちは、皆『学校の外で』=『社会で』活躍しているのです。
学校教育にその力があると言い張る国の主張は、解せないm051.gif

そもそも学校=スクールの語源は、ギリシャ語のスコレーにあります。
スコレーは「日常生活や生産活動から解放された余暇の場」という意味があります。
現代の学校教育を見てもわかるように、学校はそもそも日常生活や生産活動から切り離された場=『非現実の世界』なのです。

そんな、非現実の世界から脱し、現実の世界で生きることを決めた勇敢な若者の事例を少し。
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①鳥枝樹里亜さん
・15歳で起業
・JuliaTを経営。若い女性向けではなく中高年の男性を対象にコーディネートをしている。
・きっかけは、小学生のころに父親へ服のアドバイスをしたが受け入れてくれなかったこと。
・コーディネートのアドバイスという分野で評価を集める。
https://juliat.co.jp/

②山内奏人さん
・15歳で起業
・フィンテックの分野で1億円を調達
・プログラミングの技術は“独学”で習得
・東京生まれ東京育ち、東京で世界と闘う
https://www.wow.one/OF#leadership

③神谷明日香さん
・小学校6年生で祖父のために自由研究で発明した「空き缶分別箱」で特許取得
・中学2年生で起業
株式会社やくにたつもの、つくろう を設立
・自らの発明品をネットで販売
http://yaku-tatsu.com/

今社会で活躍を見せている若者たちは皆、学校の授業外で追求力や関係力を身につけ、成果を上げている=生産しています。
(3番目に紹介した神谷さんも、自由研究という“自らの探求心発”での追求が成果になっている。)
好きなこと、誰かのためになることを、だたひたむきに追求した人たちばかりm051.gif
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そして、そんな成功例も見てみんな気づいているのです。
「学校の外にこそ、社会で生き抜く力をつける場があり、本当の仲間が待っていると」
気づいたうえで『行動に起こす』ことができた人間が、目に見える成果を上げ、注目を集めています。

『行動に起こす』のもそんなに難しいことではないはずです。
ただ、親が子どもの探求心に蓋をしなければよいだけですから。
もう十数年もしたら、それも当たり前の時代になるでしょう。

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2018年09月19日

「地域の誇り」とされるブランドづくり ~宮崎本店② グループ討論から一体的前進感へ

三重県四日市市にある宮崎本店は、1846年創業で、現在も創業時と同じ場所で経営を続けている酒造メーカーです。170年を超える歴史を持ちながら現在も発展している企業の取組みについて、今回も「地的経営のすすめ」(佐竹隆幸著:神戸新聞総合出版センター)から要約しながら紹介していきます。

日本酒離れ、焼酎ブームなど売れ筋も大きく変わる中で、流通も激変します。消費者の多くは、町の酒屋ではなくスーパーやコンビニで酒を買い、さらに容器も一升瓶から紙パックへ、ビンからカンへと変わっていったのです。その中で宮崎社長にある不安が。

「もしかして私が考えているお客様と、社員が考えているお客様は違うのではないか?」

早速、月に1度の全社員によるグループ討論を開始。
丁度2003年に清酒「宮の雪」がモンドセレクション(世界酒類コンクール)で金賞受賞するなど、商品の評価も確立し、会社の体質も改善に向かっている中でしたが、討論を通してその不安が現実のものになります。

「顧客の概念そのものが統一出来ていなかったことが分かって、愕然としました。顧客に何を訴えていくべきかが、統一できていなかったのです」

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2018年09月13日

限界集落は『希望の集落』である

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限界集落。定義は、過疎化・高齢化が進展していく中で、経済的・社会的な共同生活の維持が難しくなり、社会単位としての存続が危ぶまれている集落。
人口の50%以上が65歳以上の集落。とされています。

限界集落という言葉は、その「限界」という言葉のイメージが先行してしまい、
「未来のない。廃れた集落」というイメージを人々に抱かせてしまいます。

では、「限界集落」には本当に限界がきているのか。
いくつかの事例を紹介しますが、限界集落は集落の住民の志次第で、「限界集落」にも未来へつながる「希望の集落」にもなりえると感じました。

CASE 1 : 新潟県佐渡島虫崎
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佐渡島の北端にある「虫崎」という集落は、総人口なんと17名。
うち過半数が65歳以上という所謂限界集落。
この地域生まれ育った30代の若者が、Uターンで集落に戻ってきました。
若者は言います「集落のみんなが何も行動しなくなったら、本当の意味での限界集落になってしまう」。
そう感じた若者は、仲間を集め、集落の盆踊りに人を集めようと企画します。
作戦はこうです。
まず、佐渡島へ渡るフェリーが出る新潟市に出向き集落の魅力をアピール。
出会った人へ「佐渡の人と友達になろう。次は佐渡で会おう、待ってます」と“友達として”約束。
その受け皿として、盆踊り大会を用意。
加えて、クラウドファウンディングで寄付金を募り、それが告知となっていく。
結果、集まった人数は163名。
その中から何人が「移住しよう」となるかはまだわからないが、確かに虫崎という集落へ愛着を持つ人は増えたはず。

CASE2:島根県津和野
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津和野町にある商人(あきんど)集落。住民59人、高齢化率44%。
この集落の勝ち筋は、「集落全体で実践すること」。
大小さまざまなアイデアを住民同士で出し合い、決めたからには一丸となってその実現を“みんなで”目指す。
その一つが集落産業。この地域では集落全体で「サカキ(榊)」を栽培しており、農家としてUターン・Iターンする若者に、空いた時間の副業としてサカキの作業を進めるそうです。
集落全体で栽培し、販売していく。まさに共同体としての生産活動が根付いているのです。
極めつけは「集落全体による特許取得」
「なめくじ油」という集落に伝わる秘薬で、純正の菜種油になめくじを溶かしたものらしいが、どんなケガでもマムシに噛まれてもたちまち治るという。
それを当時の集落全世帯で特許取得し、大学や製薬会社との共同開発で、新しい集落産業にすることを計画しているそう。
集落を守る⇒これまでのやり方を変えずにコツコツと。となりがちだが、「本当に集落を守る=集団として生き残っていく」ことを考えると、『変わりゆく社会に適応するために新しいことへ挑戦する=集団として変革し続けていくこと』が重要であることがわかります。

CASE3:新潟県十日町市池谷集落
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人口わずか13人だった集落に一人の若い女性が移住したといいます。
内定が決まっていた広告代理店への就職を断り、大学卒業と同時にこの地で農業を始めたそう。
女性はこの集落を始めて訪れたときに「ここは限界集落ではなく、きぼう集落なんだ」と感じたといいます。
「社会は“人”という小さな単位から変わっていく」そんな思いのもとボランティアに励んでいると、
集落の人たちの“夢”=日本中の過疎地を勇気づけたい を聞いて、その活力からここは“限界”ではなく“きぼう”の集落だと印象に残ったそうです。
集落では保育園もないが、代わりにたくさんの大人たちが子どもを見守り、時には叱りながら一緒に子育てをしてくれる
農業も困っていれば互いに助け合いながらみんなで生産していく。
まさに子育て=生殖と、仕事=生産を集団として一体で行っている共同体。
農園は法人化もして、農村を子育てするお母さんたちの精神的なよりどころにして、子どもの味覚と感性を育める場にしたいとも考えているそうで、現代にあった生産のカタチを実践しています。

3つの事例を紹介しましたが、共通するのはUターンやIターンで移住した若者が起爆材となり、
生殖と生産が一体の“共同体”を形成しているということ。
そして集落のみんなが生き残るために“変革”を、恐れずに実践していることm051.gif

人々の意識は年々本源的な部分へ収束しており、「地方移住」が流行ってはいます。
しかし自分発の「のんびり田舎で過ごしたい」なんて思いの人はたいがい失敗に終わっているでしょう。
大切なのは移住するにしろ、移住者を呼び込みにしろ、「集団としてなんとしても生き残っていく覚悟」があるかどうか。
集団としての志・覚悟が、圧力となり、変革を生み、強い集団をつくっていくのでしょうm034.gif

それだけの想いがあれば、実は限界集落はどの集落でも『希望の集落』へとなる可能性を秘めていますm034.gif

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2018年09月05日

「地域の誇り」とされるブランドづくり ~宮崎本店①~社員持株会の効果

三重県四日市市にある宮崎本店は、1846年創業で、現在も創業時と同じ場所で経営を続けている酒造メーカーです。地元では清酒「宮の雪」が、東京下町の居酒屋では焼酎(甲類)「キンミヤ」が有名です。「宮の雪」はG7伊勢志摩サミットで各国首脳に振舞われたお酒でもあります。

今日は宮崎本店宮崎由至氏が、1987年に六代目の代表取締役社長に就任(2017年11月に退任→会長へ)してから次々展開してきた取組みにスポットをあてたいと思います。今回も「地的経営のすすめ」(佐竹隆幸著:神戸新聞総合出版センター)から要約しながら紹介していきます。

清酒の消費利用は1970年代をピークに、1975年には167万リットルあったのが、宮崎氏の社長就任当時の1989年は134万リットル、そして2009年には61万リットルにまで落ち込んでいます。一方、焼酎は甲類(連続式蒸留)についてみると1975年に12万リットルだったものが、第一次焼酎ブーム(お湯割り)にのって拡大し、1985年には36万リットル、さらに第二次焼酎ブーム(酎ハイ)に引き継がれ、2009年には46万リットルとなり、乙類(単式蒸留)と合わせると96万リットルにまで拡大している。
宮崎本店

宮崎氏は、少子化、日本酒離れ、そして焼酎ブームといった市場の変化を目の当たりにし、それに流されないように地域に根ざした企業経営を目指します。実際、蔵元としての存在は、鈴鹿山系の伏流水からの超軟水と、日本酒の原料となる山田錦の生産地に恵まれたことで確立しており、ブレずにその存在基盤をしっかり固めようとしたのです。

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2018年08月30日

コメを食べない日本人~活力再生のカギは何か?~

先日の記事で、『農業・林業・漁業』を志す若者が増えているという事実とその要因の考察を紹介しました。
今回は、もう一つの事実として、日本人が『お米』を食べなくなっているという事実について。

高度済成長期(私権の獲得という目的だとしても、日本に活力がまだあった時代)、日本人一人あたりのコメの消費量は、118.3kgだっと言われています。
その後豊かさの実現以降、食の多様化に反比例し、コメの消費量は下がっていきます。
2016年度には、高度経済成長期の半数以下となる54.4kgまで減りました。

そうです。実は『本当に必要な仕事』として、コメの生産を含む『農業』に注目が集まる中で、それを消費する側のコメ離れ止まらないのです。
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このコメ離れは根強く『パン食』が一つの原因だとも言われています。
パン食の始まりは、実は『学校給食』
戦後、アメリカの余剰小麦を受け入れるための支援のために、パン食を前提とした学校給食が始まりました。
「コメと野菜では身体が強くならない」と思い込まされていたのです。
結果、コメ農家が減少し、減少した分の農業人口を他の工業生産等に回すという政策も成功してしまいます。
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学校給食だけでなく『バラバラ食』というのも原因の一つ。
一人で食べる。
というのが子ども~大人まで普通になっています。
実は『食事の時間』は、集団を形成する上で重要な時間。
食事という生きる上でかかせない時間を、家族や会社の仲間と過ごすことで充足を基盤にした集団性が育まれていくのではないでしょうか。
原始時代から人類は、食事というものを一人でとることはなかったように思えます。

コメ離れというのは一面の減少でしかなく、実は問題なのは日本人の『活力が低下している』ということ。

現代は、活力をもって働いている人の割合が、2%しかないと言われている。
活力については、豊かさの実現以降、近代思想・私権観念が用済みになり、無思想・無関心が蔓延していることが要因の一つ。
つまり、今はみんなが新しい活力源を求めてる状態m051.gif

本源充足の時代である現代の新しい活力源は『人々の期待に応えること』・『応えるにはどうする?を追求し続けること』
そのためにも、常に対象発である必要があり、仲間の存在が不可欠。=集団が不可欠。
その集団を形成するのにも、充足が基盤になるはず。

もしこの記事を読んでいる社会人や学生または保護者で、自分の会社や組織が『バラバラ食』が基本という方は、
充足基盤の形成という視点で、集団としての食事の時間を見直してはどうだろうか。
親和充足が、追求関係を構築し、活力ある集団へと変化する一歩となるはずです。
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それに比例して、コメの消費量も伸びてくるはず。。。

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