これまでも何度か言われてきたように、今の時代は、「私権」と言う絶対価値が崩れ、新たな価値を模索している過渡期です
閉塞感を加速させるような非情・悲惨なる事件が増える一方で、ボランティアの高まりなど確実にあたらしい価値観・可能性が芽生えつつあります
しかし社会全体では、まだ明確なる言葉・・・観念で定義できるほど、(私権に変わる)この新しい価値意識ははっきりしていません
それゆえに、右に左に意識は揺れ動きます
今の時代をオンタイムで生きている若者が彷徨うのは、ある意味当然と言えるでしょう
阪本さんが仰られた「やりがいに潜む社会的欠乏」は確実に新しい時代の萌芽であり、若者の意識の中に確かに芽生えつつあると思います
しかし、その一方で、個人主義教育の中で植え付けられた「自己実現」と言うドグマは根強い
そのために、芽ばえつつある社会的欠乏をどこかで自覚しながらも、そこに「自己実現」を押し当ててしまう
「やりがい」の中に自己実現を求めてしまう
しかし、この(個人主義的)「自己実現」を求めている限り、期待・応望の中で生まれる本当の「やりがい」は得られない
自己を中心としている限り、「自己満足のやりがい」以上のものは得られなくて当然ですし、自分の意識を変える=成長させていく前に場を変えるようでは、いつまでたっても何も得られません
価値感の「曖昧さ・未明さ」ゆえに過剰なる「やりがい」重視は、自己実現の矛先となりやすい
言い換えれば
「社会的欠乏と言う新しい価値観と自己実現と言う個人主義が交錯している」
これが、過剰な「やりがい」重視に懸念を覚える理由であり、今の就職における問題点の一つだと僕は考えています
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